ういう歓びの同感のさなかでさえ、その感情を感傷で裏づけるほど身近に感じられている悦びへの渇望、それによって生き、殪《たお》れる今日の日本のわれら、その生活を自分は描きたいと思うのであった。
 芝居がはねて、外套預所のえらい混雑からぬけ出ると、外套のボタンをはめながら、朝子は、今度の話がおこってから何日にもない晴れやかなところのある眼差しを素子に向けた。うれしいことがあるの、そう囁きたいぐらいの心持がした。朝子はいつか自分でも気づかないうちに問題の焦点を一つひっくりかえして、ここに止るか、止らないかを抽象的に決定しようとせず、いきなり仕事のテーマにふれて、その成長が可能ならいてしまおうとする自分を感じたのであった。

 この都会には何と地球のいろんなところからの人間が集って来ているのだろう。この国自身の内にさえ幾つとない地方語をはらんでいて、一年のうちの大きい集会のある春や秋の季節になると、トゥウェルフスカヤの通りだけでも、色とりどりな民族・風俗展覧会のようになった。まだすっかり夏になりきらない五月の風に、日本の大名縞の筒っぽそっくりな縞の外衣の裾を吹かれながら、その上兵児帯のような帯で
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