しての実感でうけ入れ、批判し、緊張している精神の戦《おのの》きが感じられた。ここの若者たちは、小説をよむのもそういう工合だし、芝居を見るのも、常にそういう素朴で勁《つよ》い態度をもっているのであった。
幕間に、今度は朝子たちも席を立って、劇場のなかの大広間を、楕円形の輪をつくって歩いている人々の列に入った。超満員の今夜は、廊下にまでこの環ははみ出している。
鉢植の棕梠《しゅろ》のかげにサンドウィッチやお茶を売っているブフェトがあったが、そちらは黒山の人だ。絶間なく床を擦る夥しい跫音や喋ったり笑ったりする声々が、濛々たる煙草の烟に溶け合わされている大広間をめぐってうごく人の環の一つとなって、芝居の印象と一緒に自分の心の問題の上をも一歩一歩と歩いているような朝子の心には、くりかえし、くりかえし、さっきの文句がつき上げて来るのであった。ああわれら、いつの日にかこの歌をうたわん。そして、今夜は、はっきりと感じられるのであった。自分が小説をかくからには、ほかならないこの歌わんとするわれらの生活をこそ書きたいと。
源氏物語を翻訳する教授はいるし、新聞をよむ語学生はどっさりいた。だが朝子は、こ
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