もうすこし深まることがあると、微に、しかし決定的な粘りで蠢《うごめ》いていると感じられるのであった。
オリガの家の板囲いの塀を出ると、素子が、
「どう? すこし歩こうか、いや?」
ときいた。それは出がけに朝子が気付いたよりも、更に劬《いたわ》りの加った調子であった。オリガへの返事を、素子がどうとって、どんな自身の心持のよりどころとしたのだろうか。そういう不安と詮索が閃いたが、朝子はおとなしい口調で、
「じゃ、あの赤いお寺の横までね」
と承知した。心に新しく浮び上って来たまだ形のはっきりしない考えの重さが、ひとりでに朝子をおとなしく引き緊めているのであった。
丁度いろんな集会が終った刻限で、店舗のないその辺の薄暗い歩道も活気を帯びていた。この時間に朝子たちと同じ方向へ歩いているのは僅かで、むこうの闇からぼやけた輪廓をぐんぐんと近づけて来る通行人たちが、あとからあとから擦れちがいざま、パッと街燈の光の圏に入った刹那だけ様々の顔立ちを夜霧と白い息の交ったなかに見せ、忽ち通りすぎてゆく。
大劇場のある城壁近くの広場は、人波のひいた直後の深夜の寂しさが通りにみちていて、ゆるい勾配で上りにな
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