ろいろの身分の関係にしてもそうですが、アメリカやイギリス、フランスにしろ、民主主義的な経験からすれば日本よりも進んでおります。そこでは民主主義はどんな風に行われているかと申しますと、日本では半封建的ないろいろな身分とか憲法上、民法、刑法上のいろいろ遅れた分子が混っているので、今日そこから民主主義的になろうとしておりますし、アメリカは御承知の通り国を始めます時から、イギリスやフランスの古い国のいろいろな宗教的の重荷とか税の問題とか貿易の問題、生産の問題ということで、自分達がそこでは窮屈で息詰ってしまってたまらないような人達が、勇気をふるって船に乗って、海を渡ってアメリカの大陸に参りまして、そこで初めて自分達が耕し自分達が働きつくり、自分達がそれを売り捌く。そして自分達が自分達の政治の決定権を最後までもってゆきたいという人達の社会です。ですから、アメリカにおける民主主義はアメリカができる初めから発足いたしました。だからそういう意味においてアメリカは日本よりも民主主義の経験の深い先へ進んだ国ですけれども、しかし、それならば社会の関係はどの程度まで本当にみなの人が幸福に暮らせるように進歩しているかと申しますと、御承知の通りアメリカのような国、イギリスのような国は、資本家、つまり生産するための手段を自分達がもって、人を雇って時間で働かせて、つくったものは自分達が売って、金は自分がとって、そのなかから働いている人の賃金を払ってその人達を生かしておいてまた翌日働かせるという関係をもった社会機構が根本をなしております。つまり、それは経済の方の言葉で申しますならば、資本主義的な民主主義という状態なのでございます。ですからよくよく突き詰めて見ますれば、人は自分が生きるために働き、自分が成長するために学び、自分達の社会を一歩でも前進させるために自分達がよい政治を行ってゆくのが徹頭徹尾民主主義的な社会と申しますが、いわゆるブルジョア民主主義といわれる歴史の段階では、やはりそこには金持というものがございます。金持というのが漫画にあるように袋に金を詰めて金庫に溜めて、金鎖の太いのをお腹の上にたらしているような罪のないものならば、漫画にしておけばすむのですけれども、本当の資本家というのはそれはそれは抜け目がない。私共がわずかのお金で魔法みたいにして生きている。私達の生き方というのは本当に魔法です
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