。これっぽちのお金しかないのに物価は高い。みな不思議なからくりで非常に猛烈な火の車でどうやらやっているのです。そんなような状態ですから、ましてお金をもっている人達の頭のよさ、それから社会に力をもっていることは猛烈なものです。ですから皆さんのお召しになっているようなもの、食べ物をつくるようなところはすべて空手ではできません。禅問答では片手の音を聞けといいますが、片手では音は出ません。それと同じようにみな機械がなければなりません、工場がなければなりません。彼らはそういうものに投資しております。そこに機械をおき道具を設備して建物をもち土地をもって、そして人を雇って賃金を払うというように、全部の生産の手段は自分達でもっております。すべてを自分達だけでもっているごく少数の非常に富んだ人達がいるわけです。そして日本中の何千万人の人達が一日のうちに何時間かをその人達のために働いて、自分達の生活費をそれから得て暮しているわけですけれども、面白いことにはこの生産の手段というものは刻々に進歩いたします。何しろ原子爆弾さえできた世の中です。天然色の映画さえできております。ですからものを能率的につくるという機械の発展は十九世紀以来驚くべきものなのです。第二次ヨーロッパ大戦ではたくさんの発明がありましたからわかりませんけれども、少くとも第一次ヨーロッパ大戦の前までは、もし地球上の人が一日に五時間ずつみなで働けば、その当時よりもはるかに豊かなものの多い健康な楽しい生活ができるというところまで生産の技術と生産の能率が高まっておりました。そういたしますと、皆さんお勤めになっていらっしゃるかどうか知りませんが、とにかく大ていの人は現在労働時間七時間、八時間ということを要求しております。大ていの婦人の労働時間は十時間、十一時間というのは今の労働法で平気で通用しております。かりにもし五時間で私共の着るもの、住む家のためのもの、電気その他すべてが生産できますならば、あとの五時間は誰のために働いてきているか。これが面白い問題なのです。私共は十一時間働いてかすかすの月給をとってそれで物価が三倍でやりきれないでいる。けれども本当に考えてみますと、実際に私達のいるものは五時間ですから、どこかの織物工場で五時間働いて織物をつくるなり、どこかのゴム工場で五時間働いてわれわれのはく靴や雨合羽をつくって、それらのものがお
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