申せません。お互いによいとか悪いとか動かないものがあるのではなくて、関係によってそれが起ってくるのです。お互いに憎まざるを得ない関係になれば、どんなによい人とわかっていても憎まざるを得ない。だから人間の関係というのは、遅れている社会関係を私達がはっきり取除けてしまいませんと、いかに心のなかで進歩的でありましょうと、心のなかにいかに希望をもっていてもそれは実現できない。またあなた方がいかに大言壮語なさり、私達があぶくをどんなに出してしゃべっても、お互いに結婚している人間ならば無能力であるということはいざというとたんになれば同じなのです。それをかえるために私達が集まってこういうようにお互いに話をいたしますけれども、人間性というものは徹底的な善人もありませんし、徹底的な悪人もないのです。もし徹底的な善人と徹底的な悪人しかないならば、この人類は一つの小説も書きません。なぜならばそれはよいことも悪いこともはっきりわかっているのですから。いろいろな関係で一生がかわり、無限の喜びと無限の悲しみが隣り合せにあるから、私達が自分の人生を真直ぐ見立てて参ります時に、この人と人との関係、つまり社会の関係において、自分がどのように生きているかということを理解しなければならないと思います。自分ひとりで生きることは絶対にできません。それはあなた方がどんなに美しい心をもっていらっしゃっても、電車の屋根から二尺ほど足を出して乗っていらっしゃることはできない。あの虱が落ちているかも知れない、発疹チブスがうつるかも知れない、あの汚い箱の中に乗って同じ軌道でこなければここへいらっしゃれない。社会というものはそういうものであります。だから電車を清潔にすること、発疹チブスをなくすること、それは社会的な問題として私達みなが関係のあることになって参ります。社会的生活が一人一人の生活に影響がないならば、私達が発疹チブスでないならば、東京中に発疹チブスが起っても平気かといえばそうではないでしょう。そこにお互いの生活は切っても切れない関係にあるということ、関係によってよい人もちっともよくない人になってしまうということ、だから関係はよく正さなければならないということは、私共の民主化ということの一番根本にあるところの問題なのです。人間の精神、人間の心、生き方の問題です。
そのようにして日本は民法にしても刑法にしても、い
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