月の月謝は四十円である。四十円のためには大の男が一ヵ月間の勤労を代償とさせられるのが今日の現実ではなかろうか。
 世界的な経済恐慌は、この地球の上六分の一を除いたあらゆる国々において、健康で真率な心を持った若い男女を、結婚の問題で苦しめている。結婚年齢のおくれることが一般の傾向となって来たのにたいし、アメリカの百万長者の息子と娘らの間に一つの流行が生じた。何とかいう十九歳の百万長者の息子とこれも同様な大金持の十六歳の娘とがニューヨークで盛大極る結婚式を挙行してセンセーションを捲き起したというのである。愛すこと、結婚生活を営みたく思う心、そして父母とならんとする希望は、然しながら、百万長者の子供らだけが親の株で独占することを許されている天然資源ではないのである。
 話はすこし飛んで、東京日日新聞でこの頃毎日東京ハイキングという特別読物を連載している。社会欄にさしはさまれて、今日などは島崎藤村が昔ながら住う飯倉の街を漫歩して、魚やの××君などと撮した写真をのせている。それぞれに写真にも工夫があって面白く見るのであるが、数日前、女である私の眼に映って心にまで或る痛みをもって焼きついた東京ハイ
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