ルピスは、酸っぱい気がした。
 それから又余程たって、どこかの家でかの子さんと話したことがあった。同じ芝白金だったのか、そうでなかったのかよく分らない。かの子さんの自宅で会った最後は、もうやがて六七年も前のことになろうか。かの子さんが外国から帰られて程なくのことであったと思う。青山高樹町の家の客間に通され、フランス土産の飾り板などある長椅子のところで、毛糸の部屋着の姿で、そのときは割合永い間あれこれと話した。芝白金時代、かの子さんの健康はすぐれない状態であったが、その後の数年間に恢復して、その時分は本当に体がいい気持というような風であるらしかった。体が癒って気持がすっかり明るくなったというような話も出たが、その青山の折、私はかの子さんがこれ迄と違って来ていることを感じ、その感じが主としてかの子さんの話をきく立場に私をおいたが、その話が、尚かの子さんのちがいを感じさせた。自分の体のいい気持、自分の心のいい気持、つまり生きているありようが満足の感情で感じられているような時期が、一人の人生の或る時あったとしても、よいのだろう。そういう心持で、私は高樹町のところから電車にのったのを思い出す。そ
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