し、人一人の生命と創造力の大なる開花を歴史のうちに期待するものなのだから。

        世界観について

 文学作品の批評が、ごく素朴な、自然発生的な主観の印象に立って行われていた時代から、「作者の眼」という表現が存在した。作者の眼がゆきとどいているとか、あるいは、作者の眼光はいまだそこに達しないのである、とかいうふうに。文学のそとの世界でも、東洋人は「眼」という字を意味ふかく扱ってきている。眼光紙背に徹すとか、心眼とか。あなたの眼力には恐れいったと叩頭《こうとう》するとき、人は、嘘もからくりも見とおしだ、という事実を承認したわけになる。
 プロレタリア文学の理論は、いくつかの点で、文学とその文学の発生する基盤としての社会とのさまざまの関係を明らかにした。社会科学の到達点にたって客観的に明らかに証明しようとした。文学的直観の表現ではなく、かん[#「かん」に傍点]でわかる表現でなく、文学のそとのあらゆる市民に、社会現象の一つとして、人間の創造的な作業の一つの発露として、文学現象をわからせるための努力をした。
 そのことでは、うちけすことのできない貢献をしている。文学は、少くとも文学
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