ろうか。しかし、これは、評論家としてのこの著者の内にある、よいものが頂点まで育ち切っていないと云うことで、正当な成育を阻む性質のものがあるという意味ではないと思う。
 多くの作家たちにも恐らくこの評論集は読まれたことだろう。それらの人々の心にどんな感想が湧いただろう。それが知りたいように思う。
 この評論集には昭和九年ごろから今日までの文芸評論が収められていて、とりあげられている文学上の問題のいくつかについては、私も感想をかいたりして来た。作家の感想の範囲であるにしろ、評論に近いようなものも書く一人の読者に、この評論集が、その人間の評論的要素を刺戟しないで、作家としての心にある温い動きを与えるというところは、重ね重ねこの本の面白いところだと思う。それだけ、この『現代文学論』一冊は、評論としての正統な理論的追究と同時に、文学の芸術的因子にこまかくふれた論考であるということが云えるのだと思う。
 この十年の間に、日本の文学は実に激しい風浪にさらされた。社会の屋台骨ごと揉まれている。著者が云っているとおり、「芸術一般という概念ぐらい私たちをつよく支配しているものはない」にかかわらず、急激な濤
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