坂
宮本百合子
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)並木路《ブルワール》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九三五年一月〕
−−
モスクワ滞在の最後の期間、私たちは或るホテルに暮していた。ホテルといっても、サボイのようなのではなく、お湯がほしくなると自分でヤカンを提げて下の台所まで出かけて行き、ボイラーから注いで来るような暮しぶりのホテルである。
部屋に大きなテーブルが二つあり、一つを私の友達が、もう一つの方を私がつかって、私のテーブルにはフランスで買って来た藍と黄色の格子縞のやすもののテーブル掛がかけてある。
窓に面してテーブルが置いてあるので、私の目には、二重の窓硝子をとおし市街の微かなどよめきの中に前の『労働者モスクワ』新聞の屋上の一部が見渡せた。さっきからそこへ鳥打帽をかぶって薄外套を著た二人の若者が出て来ている。無帽の赭っぽい髪の毛の男がもう一人いて、それは写真機をもっている。二人を撮してやろうというらしいが、あっちに立たせておいて機械を暫くいじっているかと思うと、フッと手をふって空を見上げ、二人
次へ
全5ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング