の方へ歩いて行って何かいっている。一人が鳥打帽をぬいで、頭をもしゃもしゃかきながら、その日は曇った六月の空を仰ぎ、何かいって、三人はやがて面白そうに笑い出した。声は私のところまで聞えず、ただうれしそうに互に見会わして動いている若々しい顔や白い歯が音もなく手にとるように見えるのである。
私は、感情を動かされてその様子を眺めているのであった。まる二年前モスクワへ著いたばかりの頃、私たちはやはりこのホテルで暮した。もう十二月であったから雪があって、冬ごもりの封をした二重窓の硝子は夜々すっかり凍った。氷花のついた窓硝子にまっ青な月の光が一面にさし、夜中十二時になると打ち出すクレムリ時計台のインタナショナルの音が厳寒をふるわして室内にまで響いて来た。前の屋上の天井はその頃何年か硝子がこわれたまんまで鉄骨が黒く月の明るみに出ていた。モスクワ市街が急激に様子を変えはじめて今はもうそこが立派に修理され、新聞社と出版労働者の倶楽部になって、夜は音楽が私の窓へもつたわって来るのである。
ひととおりフランスやイギリスなどの大衆の生活ぶりを見てまたモスクワへ帰って来てから、二度目のモスクワ暮しは非常に深く
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