々の風体、様々の顔つきと感情をもった男も女も、彼等は何かの実際的な繋りをこの活々として新らしいモスクワの建設にもって、忙しげに靴の爪先を運んでいる。こうやって彼等と同じテムポで同じ鋪道を歩いている自分が、この社会の生活の意味と値うちをこんなに理解し愛している自分が、実は彼等と全く違ったもので、どんな具体的な組合わせにもあみこまれていない存在であるというのはどういうことであろう。
 この実にはっきりと感じられて一種の苦痛を与える自覚は、モスクワ生活の終りに屡々私をとらえたのであったが、今は、果して友達とつれ立ってこのまま帰らねばならないものか、或は自分だけ残って留まろうか。そういう目前の去就についてもモスクワが私を牽く力は強いのである。私は素頭で片手に赤い小さいロシア革の銭入れを握ったなり、内心の止り難いものに押されて纏足をした支那女の物売りなどがいる並木路《ブルワール》の間をずっと歩いて行った。
[#地付き]〔一九三五年一月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親
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