々の生活のやりくりとは離れた遠い、だが苦しい響があるのである。
ヒロイックな生きかたにひかれる心は、微妙なものである。たとえば、火事場の焔をくぐって火花を体じゅうに浴びながら、一人の子供をたすけ出し、再び身をひるがえしてその母を救う消防夫の行動は、実に美しさを感じるほど英雄的であるに違いない。彼が、仕事を終って、一同の感謝と称讚にこたえて、謙遜に満足そうに笑うとき、拍手を制せられない感動をひとに与えると思う。だが、そのひとが、まさに火中に身を投じて、必死の活躍をしている時、何を考えていたろう。一途に救けようとしているものを救け出すことしか考えていなかったことは確かである。その目的にしたがい、日頃の訓練によって刻々の危険から身をかわしつつ、最大の科学性と敏捷と果断によって行動して、英雄的な成果をあげ得た。英雄的《ヒロイック》なものに対する感動はそのときむしろ手をつかねて傍観していた人々の心持を湧き立たすのであって、その消防夫の努力をたやすくしようとしてバケツ一つの水でも走って運んでいる者には、感情と行動の極度の緊張、節約があるだけである。
私たちは、人間を切に切に愛する。生命を愛する
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