言葉は、最大級の感情を内容とする文字をつかって、今日では一つの形式をこしらえている。白エプロンに斜襷《ななめだすき》の女のひとたちの姿が現れたところ、即ちそこに戦時の気分が撒かれなければならぬようなところがある。最もいつわりのなかるべき芸術の仕事をしている女のひとの感情でさえ、たとえば近頃の岡本かの子氏の時局和歌などをよむと、新聞でつかうとおりの粗大な形容詞の内容のまま、それを三十一文字にかいていられる。北原白秋氏は、観念上の「空爆」を万葉調の長歌にかいていられる。これらすべては、明日になって日本文学史の上に顧みれば、日本文学の弱い部分をなすものであり、各作家の秀抜ならざる作品の典型となるものなのである。いろいろな芸術家が、今日の風雲に応じて題材をとること、テーマを選ぶこと、それが誤りであるというのではない。その努力はされるのが当然であり、いわば今日の日本人の誰一人が、中国の土地の上で流されている貴重な血について無関心であり得よう。私たちすべてが無関心であり得ないからこそ、その関心の持ちよう、関心をもつ切ない心の女の日々の生活のありようについて、深く思いめぐらしたい心持がおさえがたいの
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