再武装するのはなにか
――MRAについて――
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)道徳再武装《モラル・リ・アーマメント》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九五一年一月〕
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 世界平和大会へ日本の代表は行くことができなかった。世界労連の会議にも出席させられなかった。ペンクラブの大会へ日本の作家が招かれたが、これもゆく人がなかった。代表一人につき百万円(一ドル三六〇円のわり)の旅費は、作家のふところからは払いきれなかった。ところがこのあいだ、スイスのコーでひらかれた道徳再武装《モラル・リ・アーマメント》(MRA)の第二回大会へは、選挙に惨敗して暇ができたか社会党の片山哲、菊江夫人その他一行七人が、旅費の苦労もなさそうに飛行機で出かけて行った。三井高雄氏のような東洋屈指の大財閥の一族ならば、妻をつれ、娘をつれ、何処へ行くのも当然だろうが、片山哲の一行がコーへ行ったばかりか、ドイツ、イギリス、フランス、アメリカと巡遊して、帰ってきた菊江夫人から「あちらでは家事が機械化されていて、便利です」というような帰朝談などをきかされると、わたしたちにいろいろの疑問がわいてくる。朝日新聞が、特別寄稿料として三十万円片山氏におくったと、ジャーナリズムでいわれているが、この金額を三六〇でわった千ドル弱で西ヨーロッパとアメリカが巡遊できようとも思えない。片山哲が首相であった時、一般都民が高い都民税に苦しんだ頃、同氏の税額が公表されたことがあった。それは東京都民として最低の額であった。MRAのお客となることは、懐のいたまない、気分のいいことかもしれないが、そのかわり、それだけの恥もひそめられている――いや、今日では公然たる恥がある。
 道徳再武装運動は、かつてオックスフォード運動とよばれ、ブックマン博士という人物が中心である。元来は一つの宗教運動で、公衆の前で自分の罪を告白し悔い改めることを眼目としたが、告白の内容は性的なものが多く、オックスフォード大学からの抗議でオックスフォード運動という名前を使うことをやめさせられた。アメリカでもプリンストン大学では、校内での運動を禁じた。ブックマン運動とよばれるようになっていたこの運動がアメリカで勢力を得てきたのは、第二次大戦中、ぬけめのないブックマン博士がこの運動
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