ではもう宵だ。アーク燈が凍った並木道の上にともる。この刻限並木道は勤めがえりの通行人で一杯だ。
 鞁鳥打帽の下で外套の襟を深く立て、物がつまりすぎてパチンも満足にかからない書類入鞄を小脇にかかえ、わき目もふらずポケットへ手をつっこんで歩いて行く男や女――これは至極ありふれた文明国の恰好だ。が、ひとつ目につく情景がある。いかにも役所や工場から今|退《ひ》けて来たという風情の男が、又は女が、自分の後《うしろ》へ橇にのっかった小さい子供をひっぱり、何か楽しそうにその子と喋ったり笑ったりしながら、ゆっくり人出の間をやって来る。
 それが決して、一組や二組のことじゃあない。並木道がひろくなって、片隅に子供たちの橇遊び場が出来ているようなところへ来かかろうものなら、子供等がおふくろ[#「おふくろ」に傍点]や父親を素通りはさせない。親は押し役だ。子供たちは歓声をあげ、アーク燈と凍った雪の上で仔熊のようにころがりまわる。親たちは、小脇に勤め先からもってかえった書類入鞄をはさみながら、やっぱり同じように陽気な顔つきで立って、お伴をつとめている。――
 これこそ、独特なソヴェト同盟風景だ。親子は托児所から
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