を云った。
 それで自分では出来したつもりで、かるいほほ笑みをのぼせて居る。
 私はまるで試験官のようなひやっこいはっきりした心地で女の心を見とおすように傍にひかえてひややかに笑って居る。
「よく来られたネー、私は大抵だめだろうと思ってたんだが」
「ずいぶん工夫してネ、それでもやっと、夜までは……かまわないんですよ」
 又女は何か心の中にわるいたくらみをもって居るおやじのように笑ってチラリと私のかおをすきみのように見る。
「お前知ってるんかい」
「何を?……」
「何をって私のこれから云おうて云う事をさね」
 いきなり妙な問を出された女は、答える言葉もこの言葉の意味も考える余ゆうもないようにあわてた声で、
「神様じゃないもん、そんな事……」
「そんなら私が何を云うかも知れないでただ来たんだね……」
「貴方になら何を云われてもと思ってますもん」
「有がたいネ、ほんとにおやすくないわけだ」
 だれの男にも云いなれたその御ついしょうを又私にもくりかえされるのかと思って又とない不快な心持になりながらそれを押えつけるように云った。女はだまって洋傘の切を音たてて居る。
 二人はスレスレの心持になって
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