会性とによって、忠実の一面を抹殺され勝な大衆髷物小説から、読者にただそれが歴史上の事実であるばかりでなく、社会的現実の錯綜の観かたまでを導き得る歴史小説を提供しようとしたのであった。
 その意図の限りで貴司氏の二三の作、藤森成吉氏の「渡辺崋山」等は注目されるべきであったが、プロレタリア作家の或るものは、必しも過去の現実へ追究をすすめてゆく要求は抱かず、文学上の諸問題のかかる紛糾が根にもっているところの更に大規模で複雑な社会矛盾の姿の裡へ一市民として生活的に浸透し、健全な発展の方向を有するヒューマニズムとその文学への道を見出そうと努力した。或は当時に至るまでの大衆生活の歴史の一部として自己の過去を見直そうとする意欲も文学の欲望となって、中野重治氏「第一章」「村の家」、窪川稲子氏「鉄屑の中」「一包の駄菓子」、窪川鶴次郎氏「一メンバー」、橋本英吉氏「炭坑」、中條百合子「乳房」、立野信之氏の長篇「流れ」等が現れた。
 当時の事情はこの一方諷刺文学、諷刺詩の欲求を生み、中野重治、壺井繁治、世田三郎、窪川鶴次郎その他諸氏によっていくつかの諷刺詩が発表された。『太鼓』は諷刺詩をのせて時代への太鼓とし
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