解上まことに重大であるにかかわらず、日本へはその客観的条件をぼんやりとさせて、一方的に、云い得べくんばN・R・Fの伝統の面に立ってだけ、紹介されたことである。当時のフランスの諸事情はもとより強力な背景として説明されているのであるが、統一的な文化上の目的のためには、それぞれの思想的傾向の中にふくまれている本質上の相異まで全く帳消しにして仕舞われたかのように紹介された。
 次で重要なことは、「行動のヒューマニズム」が、超階級の箇人主義的であること、左右両翼に対して本質では知性の独立を期していることである。そして反主知的・反合理主義的立場にあること等が、当時日本のプロレタリア文学の敗北につれて自身の動向をも失いつつ猶その世界観と文学とに反撥していた知識人を「行動主義」文学理論へひきつけた一つの、だが最もつよい可能性となっていたことである。
 日本の市民の経済力と文化の低さとは、現代でも諸方面に所謂種本の貴重性をのこしている。フランスの文化運動の全貌に関する一般文化人の常識は、謂わば種本の数の尠なさに比例した狭さであったから、「行動のヒューマニズム」に就ても、上述のような紹介の角度によって、さながら新たなヒューマニズムの内容は、非人間的暴力に反対するという一般傾向において平面的に無差別につらなっているので、その推進力としての指導方向を不用としているかのようにうけとられた。従来のプロレタリア文学の精神は、今日誤りにおいて証明され指導力を失墜したという当時の否定的な観念とこの考えは、その誤りにおいて便宜よく膠着しあった。従来のプロレタリア文学は「公式的な階級動向理論に煩わされて、知識階級が自己を無視し、自己を否定し、自己を労働階級に隷属させ、融合させようとしたり」「客観的な批判もなく、自己の正しい検討もなかった」が、新たに行動主義文学によって唱えられている能動精神は「知識階級は飽くまで知識階級として」「知識階級それ自身の特性を自覚し、飽くまでそれ自身の能力の自覚にもとづいて立ち上っているもの」(引用、青野季吉氏「能動精神の擡頭について」)と理論づけられたのである。
 舟橋聖一氏の作品「ダイヴィング」芹沢光治良氏「塩壺」等、いずれも能動精神を作品において具体化しようと試みられて、当時問題作とされたものであり、三田文学に連載中であった石坂洋次郎氏の「若い人」もやはりその作品のもつ行動性という点で、(行動の方向は評価に際しぬきにされて)注目をひいたのであった。
 現実生活の内部の矛盾は、行動主義文学者によってブルジョアジーと知識階級人一般の良心との激化する対立としてとりあげられたのであるが、日本におけるヒューマニズムの文学が提唱後四年経た今日に至っても未だ一種模糊退嬰の姿におかれているのは、社会情勢によるとは云え、その出発に於て、プロレタリア文学の蓄積と方向とを否定しつよくそれと対立しつつ、悪化する情勢には受動的で、社会矛盾の現実は知識人間にも益々具体的な階級分化を生じつつあるという社会・文化発展要因を抹殺したところに起因している。
 上述のような行動主義文学の理論の擡頭につれて、その能動精神への翹望の必然と同時に、真にその精神を能動的たらしめるためには、今日急速に生じている中小市民層の社会的立場の分化、知識人の階級的分化の実情にふれて理解しなければならぬとする論者の現れたのは、極めて当然のことであった。
 過去の若い日本のプロレタリア文学の運動が文学の政策において、機械的なものをもっていたとしても、社会生活の歴史に於てインテリゲンツィアが抽象的な知識階級[#「知識階級」に傍点]として独立した単位でないことは、知識人こそその知識を何かの形でいずれかの階級のものとして表白し且つ役立てている実際を観て明かに肯ける事実である。一人一人のインテリゲンツィアがこの社会のどういう階級に属しているかということは、「その出身階級の如何を問わず、現在の彼の全実践によって決定されるものである。従って彼がなそうとする仕事の階級的意義の如何によって逆に彼の階級的所属も、またその属しかたの性質も変化してゆく。これは明かなことのようであってしかも忘られがちなことである。」現代社会には「ブルジョア・インテリゲンツィアもあり、また小ブルジョア的・地主的・プロレタリア的な夫々のインテリゲンツィアが存在しているのである。」そして、このような現実の差別は、既に述べられているように、社会情勢・階級間の力の関係等によって二六時中動き分化しつつあるものなのである。(引用、窪川鶴次郎「インテリゲンツィアの積極的精神」)
 この社会的事実は、一定の文学組織の有無にかかわりなき一箇のリアリティーである。
 私達の生活している現実が右のようであるとすれば、文化・文学を正当に発展せしめようとする忠
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