わり二重括弧、1−2−55]としての自我意識をもつものである。
 換言すれば行動的ヒューマニズムにおける個人主義は十七世紀ヒューマニズムの個人主義の近代的延長ではなく、少くとも革命と機械を知り、それに掣肘を受けた多分の社会的若くは全体的組織の意識をもった個人主義である。つまり孤立的な静的な自我の意識でなく、全体的綜合のうちに自らを意識し、全体的環境の発展とともに自我を新しく構成し創造して行くことを希う相関的、能動的自我の意識である。が故に文学的行動主義は必然、多分の社会性をもち、また革命主義的立場をとる。
(D)フェルナンデスが智能を空間的なものの訓練に規定するように、行動主義は人間性の原始性(例えばエロチズム)と近代文化の物質力に自らを訓練する。即ち行動主義は肉体と機械の発見によって、それらに作用されかつ反作用する個人の感性、智性、意欲の方向と状態を表現することによって近代的人性を啓示する。
[#ここで字下げ終わり]
 小松清氏は、この行動主義文学の理論が多分にニイチェ的なものを含んでいることを承認している。即ち、横光利一、小林秀雄、河上徹太郎、阿部氏その他日本の新興芸術派の人々が、この年月「高邁なる精神」と日本語に表現して身につけて来た生活と思想との核心的ポーズは、そのまま「行動主義」のニイチェ的なるものとしてあらわされている。更にフェルナンデスは、左右両翼のいずれへ作家が思想的立場を決定することも、歴史と思想の現状になんら照応しない観念、あるいは感じ方の最後的な表現としている。或る種の作家は孤独にあってなし得る時代に対する道徳上の確言があることを強調しているのである。
 世界文学の視野にヒューマニズムの問題が現れたのは一九三〇年からであった。然し一九三四年という年は二月のパリ騒擾事件(スタビスキー事件)におけるファシストの狂暴を契機として、フランス思想界に、左右の対立が歴然表面化した時であった。反ファシズム団体が政治的に結合したばかりでなく、文化を擁護するためにフランスの思想家、作家が反ファシスト行動委員会を組織した。この委員長はパリの自然博物館長であった。この委員会は学界の代表者を包括して八千名を超した。
 これまで社会問題をあまり扱わなかったN《エヌ》・R《アール》・F《エフ》さえ時事問題をあつかわざるを得ない情勢におされ、広汎な反ファシズム文化運動の一翼につらなったのであった。が、アンリ・バルビュス、ルイ・アラゴン、トリスタン・ツァラ、クウチュリエその他によって、一九三〇年組織された「国際作家同盟フランス支部」の活動やその雑誌『コンミュン』の性質とフェルナンデスの「行動のヒューマニズム」理論が本質的に異ったものであることは、フェルナンデスが作家の生活的思想的孤独についてバルビュスなどとは対蹠的な評価を抱いている点について観るだけで、既に十分理解出来る。フェルナンデスのヒューマニズムも、知識人とその知性というものを社会生活の現実階級との関係において見ず、抽象化している点でN・R・Fの最も望ましからぬ精神傾向の伝統的な嫡子の一人なのである。そして、近代芸術において「行為的主権を証左したもの」として、「セクジュアリテの胸に自らを委ねた」イギリスのD・H・ローレンスの諸作、「権力への意志に自己を燃焼した」作家としてマルロオの諸作品。「人性の創造的行動のうちに深く滲潤することによって生活のリズムを把握しようとする」作家としてフェルナンデスの作品が、日本における行動主義の人々によって続々翻訳出版されるに至ったのである。
 フランスにおける「行動のヒューマニズム」運動に関して真に学ぶべきところは、一九三四年の人民の人間的自主性を守らんとする要求によって結ばれた広くして強い文化の線が、ファシズムに反対の立場を保っているという共同的な一点によって、他面では多く異質なものを蔵しているフェルナンデス流の行動主義をもその一部に包括したという事実である。「行動のヒューマニズム」も、その一翼にしたがわざるを得なかった更に巨大な更に行動的な、現実の社会的・文化的行動が起されていたという歴史の進みゆく歩どりの複雑さをこそ学ぶべきなのであった。
 ところが、このフェルナンデス等の「行動のヒューマニズム」は日本へ「行動主義の文学」として輸入されて以来今日に到る迄に、果して如何なる日本的変貌をとげて来ているであろうか。ヒューマニズムの問題は、今日、そして明日、すべての人々の生活と文学との上に依然として重大な基調をなすものであるから、この機会にこの問題を眺め直すことも無駄であるまいと思う。
 先ず第一に注目されることは、フランスにおける文化擁護の全運動の内部の主流と「行動のヒューマニズム」というものとの相互的な関係と差別とが、現代ヒューマニズムの本質の理
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