学であって通俗小説でもある」純粋小説論の成立点を技術的には近代人の自意識において解決しようとしている横光利一氏が、却って、近代日本における複雑独自な自我の消長史を私小説の推移の裡に見ることが出来ないでいるという、興味ある矛盾の事実を照し出す結果になった。横光氏の自我、自意識というものの認識、実感の自己撞着が現れているのであるが、同時にこの不明確にしかつかまれていない自我の問題こそ、日本における能動精神、ヒューマニズムの生活的・文学的実践に、幾多の歴史的な特色を呈しつつあるのである。
さて、「私小説」の問題をめぐって、小林氏は些か客観的に分析を試みようとしたが、氏が、自然主義時代における日本の思想がはるかにおくれた地盤にのこされていたことを観察しつつ、そのおくれている社会的理由を今日及び明日における日本文化発展のための足枷として見ていないところが注目を要する。
「ロシアの十九世紀半の若い作家は殆ど気狂い染みた身ぶりで」「新しい思想を育てる地盤はなくても新しい思想に酔」ったが「わが国の作家達はこれを行わなかった。行えなかったのではない、行う必要を認めなかったのだ。」「文学自体に外から生き物のように働きかける思想の力というようなものは当時の作家が夢にも考えなかったものである」と肯定されている。(引用、一九三六『文芸年鑑』)
世界思想史について些の常識を有する者には小林氏の以上のようなロシア文学史についての見解はそれなり賛同しかねるであろうし、特に明治社会と文化との生成の間、全く未開のまま通過され異質のものに覆われてしまった中江兆民の時代の思想の意義を、抹殺していることは、小林氏がこの私小説論の後、変化しゆく情勢につれて、文学における批判精神の不用論をとなえ、主観的日本的なるものの主唱者の一人となり、科学精神否定に至った必然の要因を語っているのである。
尾崎士郎氏の「私」の主観的純化、拡大の翹望は、実に世界の能動精神が一つの核となしている現代の要求でもあるのだが、ここでも日本の能動精神そのものがそこでぶつかっている問題即ち、どっちへ向って、どのように「私」を社会化するかという困難に行当っている。氏の「人生劇場」は最近でのベスト・セラーズの一つであったが、この作品について見ると、氏の「私」の社会化は先ず一般的な人間感情への同情を手がかりとしているように思われる。よかれ、
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