熄繽クをつづけた。一九四六年九月五円程度のものが四七年五月頃には十五円から二十五円になった。定価は大たいここでおさまっている。しかし六四頁といううすさを考えれば日本の雑誌の実価は非常に高い。
 傾向 一九四五年八月以後戦時中緘口令をしかれていた綜合雑誌が急速に創刊、再刊された。民主的立場を明らかにした諸雑誌の他に共産党は理論機関紙として『前衛』を創刊し、社会党は『社会思潮』を発刊した。
『新生』という雑誌がもっとも早く創刊されたが、この雑誌の特徴は評論面においてはにわかに忙しくなった民主主義の諸問題について編集しながら、文芸欄では永井荷風などの作品をのせ、伝統的な老大家の名声とその作品の万人向きなエロティシズムで広汎な読者を誘い寄せた。このような編集ぶりはその後一年以上つづいて営利的な雑誌業者の利用するところであった。同時に娯楽雑誌という名目で卑猥な内容を中心とする赤本雑誌が横行した。戦争中あまり人間性を否定された反動として出版物に現われた官能的な娯楽への傾向は、高まるインフレーションと生活不安と戦争による家庭崩壊とによって、ヤミ屋と街の女と浮浪児とが増大する率に正比例した。
 綜合雑
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