「る。吉田内閣の反民主的政策のあとを受けて日本の学問の自由と思想の自由とはかならずしも前進していない。たとえば早稲田大学では新進有能な日本歴史家の講義を中止したし、法政大学、関西学院などにおいても研究の自由と思想の自由とは、また再び民主化の方向からそらされようとしている。これらの現象に対して委員会のどのような発言が行われるであろうか。
日本の官学ギルドは、その封建性によって主観的な見識は非常に高いけれども生きた社会性に乏しく、このことが逆作用して戦時中日本の学者は客観的な真理への不屈さを失った。日本の官僚性の本質として日本の学者の経済的条件はきわめて悪い。教授たちの月給はインフレーションのもとにおいて一家の生活を支えかねる。そのために最近九州大学の皮膚科の権威である一人の博士が大学を辞職した。それより僅か前に東大の工学部のある教授がX線の照射による米の増収とか、宝石の質変化とかいう化学的根拠の確かでない研究を民間会社の利害とむすびつけて問題を起した。多くの研究所は資金難に悩んでいる。また実験用の資材の欠乏にも悩んでいる、最近東京の市民は配給の大豆粉中毒に苦しんだが、その毒素の研究のために必要な猫が十分手に入らないために研究がはかどらないという事実さえもある。大学研究室の助手は彼等が博士論文のために主任教授から指導を受け研究を続けている期間、殆ど月給がないに等しい状態であった。最近研究室助手の報酬がとりきめられた。
日本の学術がその学閥ギルドから放たれて発展するためには、民間の諸会社、諸事業と結合することが予想されている。大学実験室と工場の研究室とが協力することがのぞまれている。しかしこれまでは自然科学者たちが民間会社と結合した場合、彼等のもっている官僚的習慣の裏返しの現象が起った。即ち彼等は科学者でなくなって科学的な技術使用人の立場に自分たちをおく傾向があった。そして日本の科学の重大な弱点である科学原則の小器用な実利的な応用を行った。科学の原理は外国において発展させて貰いつつ。
日本における社会科学の研究史は、悲惨な歴史をもっている。近代国家の発生を、経済発達史の基礎の上に立って現実的に研究することは、日本の天皇制の絶対主義に抵触することであった。社会が科学的研究の対象であるということを日本の権力は認めたがらなかった。そして事あるごとに社会科学研究団体および社
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