て違ったものでもないこと、それだからこそ現象の説明は皮相な政界内幕の域を脱し得ていないこと、従って、当時のレイノーにその社会的な矛盾紛糾を解く方策が見出せなかった瞬間にはモーロアも一箇の派手な話の運搬人としての存在でしかあり得なかったのだという真相が十分それらの評者に把握されていないことが語られていると思う。
他の何人かの人々は、モーロアの著作に、事実の断片が盛られているけれども、歴史の真相はとらえられていないということに就てまるで触れなかった。有益な本、考えさせる点の多い本と推奨された。あんな事実の切れ端を盛ったものでさえ、今の私たちが世界の実情を知りたいと思っている心の飢渇に対しては、何ものかであるかのように思えた、それほど私たちは何も知らない状態におかれているのだという今日の現実は、その場合全く考えられていないのである。
今日、何かを捉えたい、知りたいという読者の心持の強さは、モーロアの本の売れ行にも示されている。だが、仮にモーロアの述作が真の歴史の動因をときあかしているものでないことが直感されたとして、読者はほかにどんな本を見つけることが出来るのだろう。どこにより正確な解明
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