計算や事務所の名をきめることやに費した。速記とタイプの仕事は、社会全般の大きい変化につれてどっさりになっているのであった。
さっきから歌うように鳴り出していた雨樋は、いよいよ旺《さかん》な雪解水が注ぎこみ、時々ゴボゴボゴボとむせび泡立つ音を立てている。
キラリと峯子の顔の真上へガラスを反射させて、向いの活版屋の二階が乱暴にあいた。同時にそれが峯子たちの部屋の空気を煽ったとでもいうようにドアが勢いよくひらかれた。
「こんにちは」
場所がらにない華やいだ声で峯子たちは、びっくりした顔を入口へ振り向けた。
「びっくりなさった? 御免なさい」
一目でわかるカネボーの大きい紙包を下げてそこに笑っているのは小関紀子であった。
「まあ……。思いがけないのねえ」
峯子は、全く意外そうにのろのろと椅子から立ち上った。紀子は黒い純毛の厚地外套の前をいくらか引上げるような身ごなしで立ったまま、室の様子を机から壁へと眺めまわしながら、
「素晴らしいわねえ! 一度是非御活躍の様子を見せて頂きたいと思って」
いつもながらの紀子らしさに思わず半ば苦笑いで、
「とても素晴らしいわ……」
と云った。
「でも
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