かった。
「私、どうせ一生働かなければならないのに、四十で停年なんて、実際困ると思うわ。これからって年でしょう? もうそれから先は働かないでいいなんてこと、私に絶対ありっこないんですもの」
 峯子にはまた少し別な心がかりがさし迫っていた。時局の推移につれて、海外貿易の仕事に変化が生じ、会社では事業を縮小したりそろそろ人減らしもはじまっていた。一方には新興の会社がどっさり出来て男子の不足が見えて来ていたから、よしんばそこが駄目になったとしても峯子の勤口がなくなるという目前の心配はないのであった。峯子にしても自分の一生の行手を安心して眺めているのではなかった。
 これから先の何年かの後に、必ず無事で正二が還るかどうか。それは、自分の心にある願いや熱い思いでどう云えることでなかった。一生働くものとして自分を考えている方が日々が健やかに過せるし、そういう生活の態度こそ、正二が遠いところで送っている何年かの歳月の内容にふさわしいと思えるのであった。
 そういう心のきめかたに立って見まわせばただ月給がとれているというばかりの会社づとめは、単調で機械的であった。その働きかたに、例えば時間のつかいかた
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