う云ったが、やがて、
「でも、恥しいわねえ、まるきりちがう自分の顔が現われるなんて、どんな恥しいでしょう」
敏感な言葉の陰翳は、峯子をはっとさせた。とき子の声の裡には、そういう化粧法なんかでぬりかくすのに耐えない自分としての心持が響いていた。
正二が現れてから、女としてとき子の心を思いやる峯子の気持は真摯なものを加えた。人としてのとき子の立派さが、女として全く偶然の不運によって磨かれつつあるのを見ている峯子は、自分の平凡な幸福について謙遜になり、その幸福は自分の責任にかかっていると思うのであった。
秋、二人は郊外へ歩きに出かけたことがあった。黒くうすらつめたい土から真赤に燃える焔をあげ連ねているような唐辛子畑が美しく、鵝鳥が鳴き立てながらかえってゆく遠い草道があったりした。
一本の高い赤松が土堤の上でその幹を西日に照らされているところで、休んだとき、
ふと、とき子が、
「私の方、四十で停年なのよ」
といった。
「あなたのところはどうなのかしらん」
「きまっているのかしら……」
峯子がちょっと考えただけでも、三十を越したという年配のひとさえ、あの夥しい女の数のなかに思い浮ばな
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