無心らしい横顔だけれども、とき子の顔の端正な線はくずれず、いつも様々の感情を内に支えて暮しているひとの面ざしは、消えていない。
物を云おうとしてすこし開いた唇をそっと閉じ、峯子は体を元に戻した。こういう瞬間のとき子の姿全体に流れている寂しさに通じるような静けさは厳粛で、いい加減な自分の声でそれを擾《みだ》すことが憚かられるのであった。とき子の左眉から瞼にかけて薄すりある蒼い痣《あざ》は、ふだんより目立って、そこにも何かの影が映っているかのようだった。ほんとにそれが物の蒼いかげで、とき子がその場所からどけば、かげだけはそこに止って、するりと白く、彼女の顔が抜けて来られるものならば。
今こうやって、事務所での初雪を眺めるとき子の心持のなかには、峯子がそれを張り合いとし、よろこびとしているものとは、またちがって、複雑な思いがこめられているにちがいない。
英語専門の学生時代、峯子は級の委員をして二年上級のとき子と知りあった。その時分から、とき子は、課外のタイプを熱心にやっていて、夜は速記を勉強しに神田の方へ通っていた。そして、だんだん気が合うにつれ、自分が生活の用意としてその学校にいるこ
前へ
次へ
全26ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング