性のよくわからない合名会社の看板が出ている。この建物は、そういう事務所街から、もう一重も二重もそとの省線駅の近くにあった。電話はその都度五銭ずつ払って、階下のをつかわせて貰い、暖房の設備どころか、弁当の湯さえ自分たちでわかさなければならなかった。それでも、ここは二つ三つずつ順に年のちがう三人の若い女が、雄々しく生きてゆこうとする生活の砦であった。壁には仕事の予定表と並んで、古風だが心持よい風景画の複製が一葉飾られていた。海岸の雨後の景色で、こんな些細なものにも、ここを自分たちの働き場所としている三つの若い心が、生活に求めているものがあらわされているのであった。
ここを根城として今日はじめて雪の日が来た。
さっぱりした水色毛糸のジャケツの上へ、紺ぽい仕事着をつけた背中を反らすようにして、峯子はとき子の方をふりかえった。
とき子も手をやすめて、半ば無意識に、その手をたがいちがい揉むようにしている。
五年の間、機械を対手に練磨されて来た十の指は、ひきしまって、いくらか神経質になっている。短かい休息に、とき子は指をもみながらも、胸を張り、姿勢よくして、顔を真直にあげ、雪を見ている。
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