るのであった。その晩は一つも涙がこぼれない代り、若々しい峯子の体を貫いて、火のようなものと悪寒とがかわり番こに走った。
「ふるえるようかい?」
正二は上衣の前をひろげて、それでなおぴったりと峯子を自分に近く、くるむようにした。峯子は一層ふるえ、一層烈しく顔を圧しつけた。
「ね、わたしたち、このまんまでいいと思う? ね、大丈夫?」
年さえ越せば正二の家の事情がややよくなって、二人は結婚することになっていたところだった。このままの自分たちでわかれるということも、そうでないものとなってそして別れるということも、今の場合、峯子には考えて判断する種類のことでなくなった。
正二は、暫らく黙っていたが、やがて、
「僕も考えた」
と云った。
それからすこし自分から離すようにして峯子の顔を長く眺め、力のこもった手のひらで、前髪の方へと峯子の顔を撫でた。
「峯子は、どうなんだろう。このまんまでやって行けるかい?」
峯子にやってゆけないというわけが、どこにあるだろう!
二人は再び沈黙した。時間ではかることのできない刻々が過ぎて、いつか様々な考えの去来につれ自分の躯ぐるみ胡坐《あぐら》の中の峯子を
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