は》って、黙って正二のためにドアをあけ、彼をなかへ入れた。
初夏のしめっぽい、若葉の匂いがどことなくこもった夜であった。同級生の送別会からまわって来た正二は、まだ麦藁帽には早すぎるが、これではもう重いという風にソフトを無雑作に頭からもぎとって、そこへ放るようにおきながら、自分もそこへあぐらをかいた。
「やっと放免してもらったよ」
「よかったわ」
峯子は、夕方がすぎると、もう正二を待っていた。待って、待って、すっかり仕度してあった筈なのに、いざとなると妙に手順をまごつきながらちょっとした食べものをこしらえようとした。
「峯子、まだだったの」
「そうじゃないけれど……」
「じゃ、いいよ、いいよ、おやめ、やめて早くこっちへおいでよ」
正二はそう云って、止めた。
「折角こうやっていられるのに、もったいない。そんなことをしていちゃ」
正二の声や様子には、自分の送別会というような場所から来た人らしい亢奮がちっとものこされていなかった。
峯子は、つつましくおしゃれをして、白い絹のブラウズを着ていた。小さい円いカラーのついた、手頸までつつまれたそのブラウズは、艶のある峯子の頬をいつもひき立て
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