もゆっくりと揺すっていた正二は、遂に、はっきりした声で、
「よし」
と云った。
「じゃ、御褒美にとっとくとしよう」
いかにも、きまった、という明るさで、正二はそう云いながら丁度手のあたっていた峯子のおしりの上のところを、無邪気にポンとたたいた。
「それでいいかい?」
「いいわ」
自然に峯子の返事もされた。
しんから頼りのある安心した、いい心持でその返事はされた。
「きっと峯子もいいと思うよ」
ほんのすこしの含羞《はにか》みを輝いた眼のなかに浮べて、正二は、
「目ざめない湖の美しさのようなものだろう?」
と云った。
「だんだん、だんだん朝の光で展《ひら》かれてゆくのが自然だし、見事だと思う。外部からの条件がかってはいやだろう?」
そして、
「すこし慾ばりすぎるかな」
と快活に笑った。
正二が行ってから時経つにつれて、峯子は、あのとき自分は、十分正二の気持がわかってはいなかったと思うようになった。すこし慾ばりすぎるかな、と簡単なその言葉に、正二は、生死の保しがたい自身を考えていたのだった。峯子は峯子の心の真実に従って自由に進退の出来るよう。更に、この頃生活への理解が急迅に成熟し
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