感情を持ってゆく、その持ちかたに影響した。峯子もだんだん、留守の正二に向って迸る自分の激情に我ながら足をとられなくなり、その心の波濤をいつくしみながら、正二への手紙には、日々の出来ごとを細かく面白くつたえつつ、そこに自分達をあらわしてゆくすべを学びはじめた。
 峯子はそのことを深くふかくよろこびとした。恋しいひとに、あなたが恋しいとばかりしか書けないとしたら、それは何と味気なかろう。愛す、愛すと、紙が黒くなる迄かいたとして、それで心の生きた響きがどこにあらわされよう。いろいろなことをして、いろいろなことを思って、生きて動いて暮している、その人を互にいつくしむからには、互いに生活の姿をうつし合えないで、どうして溶けあってゆけるだろう。
 峯子は、いつだったか或る明治の文豪と云われる人が、夫妻の間にとりかわした書簡集をよんだことがあった。その本の頁にはびっくりするほど愛すという言葉が反覆されていた。そして、読む者は、夫妻が、この香気の立ちやすい、くりかえせばたやすく倦怠する表現を追いつ追われつして、必死に、同じ言葉をまだ熱いうちにと対手に向って投げかけているような印象をうけた。この熱烈さに
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