かかれていた。いつも変らない字をみると、いろいろな峯子の知らない村や街々、いろいろな予測しがたい出来ごとの中を、正二はやはり紛れもない正二として、峯子に、こんなにも気持のわかっている正二として、経ていることが、云いつくせない、いとしさで思いやられた。
 日ごろの気質が手紙のかきぶりにもあらわれて、正二は、峯子の生活から遠い自分ひとりの感想めいたことなどは書かず、いつも新しい村や城の人々の生活ぶり、ちょっとしたユーモラスな出来ごと、読んだ本のこと、さもなければ、居馴れた場所に季節のおとずれがどんな変化をもたらしたかということなどを話すように目に見えるように云ってよこした。表面に波立ったところのないそれらのたよりは、いつも峯子の心に不思議な作用を及ぼした。峯子は、その手紙をよみ、くりかえしまた読んでいると、いつも心が落ちつけられた。正二が無事であるとわかったからというだけでなかった。手紙にこもっている沈着な柔軟さには、どれだけの精神の包括力や堅忍や洞察や自分への思いやりが裏づけられているかということを感じずにはいられなかった。正二の手紙から息ぶいて来るそれらの感銘は、ひとりでに峯子が自分の
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