た。それは、ありふれた事務用の罫紙である。書かれているのは報告のようなもので、峯子の肩へ無頓着に時々肱をつかえさせながら、それに目を通しているのは四十がらみの鼠色カラーをつけた男であった。峯子の目をひきつけたのは、その男の風采でもその罫紙でもなく、書かれている文字の感じであった。字は万年筆で書かれていた。そのペン先がいかにも使い順《な》らされて、柔かな幅をもっている、平均に力が入って、くっきりとした明晰な書体だが穏和なふくらみの添っているその字は、峯子に正二を思い出させた。正二もこういう風な字をかいた。一目みた時は変ったところのない中に、何か惹かれるもののこもった字を書く。実際に二つをひき合わせてみれば、きっと随分ちがっているのだろう。けれども、そのペンのあとは、今の峯子に抵抗しがたい思いで正二を偲ばせた。字を見ると、彼の肩つき、声、その声や眼差しの微妙な情緒の動き。生きている正二がまざまざとそこに立ちあらわれるようであった。
 正二が出征してから、峯子はもう幾度か便りをうけとっていた。はるばるとした海を越えて、少し遅れて着くどの絵葉書も手紙も、みんな正二が出征前から使っていた万年筆で
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