ェーターの片肱を机にかけ、勤勉な手をおとなしくスカートの上に休ませてこちらを向いている。その眼の上には、偶然が、拭いてとることの出来ない隈をつけている。
親のもとに生活し、良人からおそらくは小遣いを送られ、いい服装をして買物包みを膝にのせている紀子に比べて、それは何と質素な、とるに足りない姿だろう。けれども、何とわるびれたところのない姿であろう。とき子は隈のある顔をわるびれずこの人生にむけて生きて行こうとしている。
自分とちがった生の姿がそこにあることをはっきりと認めるだけ、現実に即した心持も紀子には欠けているかのようである。
「風が出て来たわねえ」
帰り仕度をして立ち上りながら紀子が云った。
「ほんとうに」
止め金のこわれた活版屋の外開きのガラス戸がギラリと雲立った空の太陽を反射させて煽られはじめた。
吹きつのる風の中に、消えのこった雪が少しよごれてところどころに見える竹藪の横を掠めなどしながら、満員の省線は果なく拡がった市の端れへ向ってまっしぐらに走っている。
押された勢でそこまで詰ったゆきどまりの窓際へ体をよせて揺られながら、峯子は、何心ない視線に一枚の罫紙をとらえ
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