上りの海辺の土と空との夕暮で申しようありませんでした。汽車も例外に混みようが少い由。長者町の駅へついたらピシャピシャ国民車(人力車の変形)が来て、寿のリュックやわたしの袋をのせ、草道を先へゆき、わたしたちは歩いて二十丁ほどゆき雑木道を抜けるといきなり目路がひらけて夷隅川が海へ入る眺望があります。狭いこんもりした樹かげ路からちらりと光る水で快くおどろき、そのおどろきが一歩一歩とひろげられて大きやかな河口の眺めとなる変化は、千葉にしては大出来です。
 寿の家はすばらしいものよ。わたしは物置小舎と思って通りすぎました。そんな家、豆ランプです。八、六、二。障子が六枚しかなく、六枚分は文字どおりのコモ垂れです。障子に新聞がはってあります。その二畳も畳なしのゴザ。畳一枚もなし、床にカーペットをしいています。テーブル、ピアノ本棚。テーブルの上では寿が靴下つくろいをはじめ(今よ)わたしがこれをかき、マジョリカの灰皿、九谷の皿という組合わせ。趣味において貴族、形はコモ垂れ。それでも一晩で休まったことはおどろくべき位です。この間うちから過労で右腕が変になって苦しかったのにきょうはさして苦になりません。よし
前へ 次へ
全251ページ中98ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング