になったから空の下で視線にこたえる山の姿はおなじみ深いわけね。いつかお母さんがコンピラ詣りをなさったお伴をしたとき、内海の山々の遠景を大変興ふかく見ました、山陽道の面白味はああいうところね。

(3―3)
 こういう美しさを愛すのは、日本人独特のように思えます。月の動きに時間の推移を感じながら昔の人は光りの中に溺れて夜をあかしたのでしょうね。上等の人は、我を忘れて光を浴びていたろうし中級の人間は、風流たらんとして気をもんだでしょうね、一寸笑えますね、こういう水の上では絃の響がよいから、琵琶なんかよく聴けたかもしれません。実際は古ぼけた名所でしょうが、人間がこうして自然を生活にとり入れた形として好意を覚えます。

 五月十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 千葉県長者町江場土中條内より(封緘はがき)〕

 五月十日。
 きょうはこういう手紙です。この鉛筆書でどこから書いているか見当がおつきになりましょう。昨日寿江子と長者町へ参りました。三時十八分の汽車で。雨がさっと降って来たりしましたが、長者町の駅へ着いた時には雨上りで、その気持のよさと云ったら。焼跡を歩き焼跡の間を汽車が走り、その揚句、柔かい雨
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