とには手が出ない由です。器用らしく小さい男で、いいとっさまで、昨今の苦労は、いくらかたまる金をどうしてもちのいいものに代えるか、という問題です。家作も買ったそうですが、これには自信もないのよ、やければ其っきりだから。なかなか面白い話しかたで、八日に荷作しながら「お宅の旦那さまは、いい方ですが、どうして印ばんてんなんか召すんです?」というの。成程ねえ。わたしは台所で洗いものをし乍ら「動きいいんだとさ。あの人は美術学校なんか出ていて、昔あすこの生徒は豚にのって学校へ行ったっていう位だから、印バンテンなんかちょいと着たいんだろう。」「そう云えば絵をかく方なんか、みんなちょいと風が変っていますね。わたしの知っているおとくいの旦那で、社長さんなんですが、うちへ帰ると、きっと酒屋のしめる前かけね、あつしの、あれをかけるんです。旦那又酒屋さんですかっていうと、ああ、これをしめたら暖くてやめられないよ、という話でしてね」そこでわたしが又云うの「下町のひとは、着るもののしきたりなんか堅いけれども、山の手のものは平気だね、めちゃめちゃで」「マァそうですな、かまいませんね」つまり馬崎というその男は、ひどい風
前へ
次へ
全251ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング