く歴史の彼方を眺めやっているにしろ、不屈なその胸に、やはり八月十五日の夜、覆わないでよくなった電燈の明るさは、一つの歴史の感情としてしみ入ります。東京にいたらどんなだったでしょう。焼けのこったあちらこちらの人家のかたまりは、やはり一つの銘記すべき歴史の感情として灯の明るさを溢れ出させたでしょうか。三好達治の商売的古今調もこの粛然として深い情感に対しては、さすがよく筆を舞わすことが出来ますまい。こういう感情のまじり気なさに対して彼に云われる言葉は一つしかないわ。「極りのわるいということが分っていい頃ですよ。黙りなさい。」
この五年の間、わたしはこんなに健康を失ったし、十分その健康にふさわしい形で勉強もしかねる遑しい日々を送りましたが、それでも作家として一点愧じざる生活を過したことを感謝いたします。わたしの内部に、何よりも大切なそういう安定の礎が与えられるほど無垢な生活が傍らに在ったことをありがたいと思います。これから又違った困難も次々に来るでしょうが、わたしが真面目である限り其は正当に経験されて行くでしょうと思います。
五月中の手紙でテーマの積極性ということについてお話しいたしました
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