ないということが信じられないようでした。きょう、八ヵ月ぶりで、わたしのあのおなじみのお古の防空着を洗いました。一月二十八日に肴町附近がやけたのをはじめに十四日の夜も着て居りました。汗や埃まびれだのに洗うひまがなかったのよ。
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けふこの日汗にしみたる防空着を洗ふ井戸辺に露草あをし
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あっちこっちに行っている人々のことを思いやります。原子爆弾というのは一発一万トンの効果ですって。達ちゃんどうだったでしょう。隆ちゃんはどうしているでしょう、富ちゃんは。林町の家がのこったのは不思議きわまる感じです。(多分のこっているでしょう)あんなに焼けているのにあすこがのこり従ってわたしの机も在る、椅子もある、本もある、何と信じにくいことでしょう。ああ原稿紙もやけなかったのだわ。それら仕事の道具を両腕にかき抱くようです。
経済事情が様々に変化をうけることでしょう。林町もここも国府津もやけこそしなかったけれども、一人の人間がそれ丈の家の税は払い切れなくなるのではなかろうかと思います。わたしの事情も(経済)変りましょうし、わたしの小さい小さい財布ではすべてが
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