する好意ある軽蔑」というような言葉(要約)をして居ります、ここのところが、この作家の臍ね。ゴーリキイはあんなに(「幼年時代」その他)おそるべき無智、惨酷、苦悩を描きましたが、そこには一つも好意ある軽蔑というような冷やかなものはありません。ひたむきに対象に当って居ります、描いて居ります。一歩どいてじっと見ている、と云う風はありません。アナトールという作家は明るい頭によって洞察は鋭く正しいが、荒い風に当らず育った子供らしく、ちょいとどいているのね、目ではよくよく見ているのだけれども。謂わば、人生を実によく見るが、其は窓からである、というような物足りない賢さがあります。アナトール自身はこの「好意ある軽蔑」をもって中世紀末頃のフランスやイタリーの作家のかいた「ディカメロン」その他を、人間らしい健全なものとして評価するために使った要約ですけれ共。やっぱり終りまでよんで見たい作品ですね。
 きょう、わたしのこころもちは面白いわ。何と申しましょう。夏の日谷間を流れてゆく溪流のような、とでも申せましょうか。こうして、しっかりしたやや狭い峡《はざま》を平均された水勢で流れて来た気持が、今ふっと一つの巖を
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