で降りて、団扇などつかい乍ら柳の下からわたしの気になる方角を暫く眺めます、まとまりない話をし乍ら。「そろそろ動くか?」「そうね」そして又のって、ぐるりと廻って銀座の方へ出たりしてかえりました。ちょいちょいそういうことがありました。
ここの夕暮は美しいのよ、西山に日が落ちかかると、庭の松や芝や荒れた梅やすべてが斜光をうけて透明な緑色にかがやき、芳しい草の匂いがあたりに漲ります。わたしはそういう夕方の中に椅子をもち出し、小さい本をよみ乍ら、涼み、休み、一日のガタガタのやっととりかえしをいたします。そちらの夕頃はどんな景色なのでしょう、先ずそう思います。あなたの御顔はまぎれもなくさやかですが、背景が全くないのは変に切ない気分よ。だって、一定の背景があるからこそ、それはそこにおいて描かれるのですが、何にもぐるりの景色がないのなら、その顔はどこにでも動きます。ついそこ、ついここにだって来るわ、何と其は近くに在るのでしょう、本当に、つい、ここにあるわ。ですから困るのよ、そして、わたしは屡※[#二の字点、1−2−22]話しかけたいのに。
七月のうちに行ってしまえたらと思っていたのに、いまだにいつ
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