イモは煮えたようになって腐りはじめました。
八月八日 〔網走刑務所の顕治宛 福島県郡山市開成山より(封書 書留)〕
八月八日
この二三日急に暑さが加りました。こんなに風の通る南北の開いた室内で、きのう、きょうは午後二時頃九十度近うございます。そちらはいかが? 今年は不順で、ひどく涼しすぎたところへ急に暑くなったので、体の調子妙で、脚気にでもなったような工合です(勿論そうではないのよ。然し暑熱に対していい脂肪絶無の食事ですから疲れやすいのでしょう)
そちらいかがお暮しでしょう。わたしは気の毒な昔の女旅人のようにここに止って、一日一日を待ち乍ら、遙かなところばかり思いやって居ります。昭和九年の夏(六月以後)こんな気持のときが続きました。母の亡くなった年の夏で、父が居りました。夕方なんかわたしが、ついそういう顔付していたと見えて、そんなときは夕飯後、父がよく「又一まわりして来ようか」と発案しました。すると国が車庫の戸をあけて、わたしや父は浴衣がけでのり、ゆっくり涼風にふかれ乍ら、ずーっと気象台の下から濠端に出て、ひろい凱旋道路のところから桜田門の方へ出ました。そして、そこらの濠端
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