客用卓が立てられています。座布団がつみ上げてあります。ふとんが出ています。それらの様子は、手の足りない旅舎の団体室の閑散な一時めいて居ります。どこにも中心のない大きい室。寝て、食べて、そして又寝に来る室。そういう風です。だが、床の間には祖父が書いて貰って昔からかかっていた安積事業詩史という字一杯の双幅がかかって居り、書院の柱には天君泰然百體從令、心爲形役乃獸乃禽という二本の聯がかかって居り、書院のランマには菊水の彫があります。いつかここへ来たときこの室のことを書いたと思います。が今は、又一つの感想がございます。この前、何と感じたか覚えて居りません。が、今のわたしの気持では、祖父の一生に貫徹した骨が一本在ったということに同感を覚えます。その骨は、時代の性格、祖父の性格などによって進歩性に立ったものでありながら主観性に煩わされ、狭いものとなり、事業の結果に対して、満足よりも人事的煩わしさをうけとったようになったらしいけれども。その菊水の彫りにしろ事業詩史にしろ聯の文句にしろ祖父はそれを自分の人生への態度から照り返したものによって自分で選び、自分でかけ、つまり自分でこしらえました。その室に今
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