をしてのんきなのは私一人だけでないことを知っているというわけです。
三※[#濁点付き小書き片仮名カ、517−17]日だったかの新聞に衣料疎開七日迄受つけとよんで、開成山へふとん類を送ってやったのです。一人ですっかり菰をかけるだけにしたから、へばりよ。荷作りも随分やって上達いたしました。姉なんかというものは妙なものね。こんなに骨を折って、やっぱり皆が助かるだろうとそんなものを送ったりして。別にたのまれもしないのに。
八日のお手紙、あんなに寒そうにしていらっしゃるのに、こうしてお手紙よむと、ちっともそんな風に思えず、一層沁々と拝見いたします。健気であればある丈いじらしくいとしいという心もちは、母だけがもつ心もちではないと思います。今年の正月は、全くわたしもすがすがしい気分が主潮をなしていて、清朗であり、そこに光りもとおして居りますけれど、思えば思えば御苦労さま、というところもひとしおで、そのすがすがしい清朗さに、云うに云えないニュアンスを優しく愁わしく添えて居ります。こんな風にして、わたしたちの清朗さも、単に穢れなき浄潔から益※[#二の字点、1−2−22]人間的滋味を加え、わたしたちの人生から滴るつゆは、益※[#二の字点、1−2−22]人間生活の養いとなりまさるのでしょう。その肌に立つ一つ一つの鳥肌が、アナトール・フランスならば、真珠というでしょう。わたしの手や腕が、こんなにひびだらけになり、踵の赤ぎれが痛くてびっこ引いて居りますが、それも生活の赤き縫いとり飾りだと思ってね。赤い糸の、こまかいびっちりの十字|繍《ぬ》いなんかそうざらにはないわ。ほめて頂戴。でも、原始の人たちの生活のように春を待ちますね。動物はどんな気もちで春を待つのでしょう。
昨日、いつもお正月にお目にかける寄植の鉢をたのめました。すこし時おくれですが、其でもやがて小さい梅の花も咲き福寿草も開くでしょうと思って。ささやかな眺めとして、ね。凍らないもののあるのはたのしいから。留守番の人は一寸申上たように始めの若い夫婦にきまりました。生活費と云っても配給もの丈でしたら、この節として仕方ないでしょう。それに一方の人は、余り大勢で壕に入りきれないし、この数年のうちに揉まれてすこしルンペン性が出来ていて、万※[#濁点付き小書き片仮名カ、518−16]一失業したりしたとき、うちがやけずにいたりしたら、いつか一つ一つと何か見えなくなって行くような可能もあり、実は一番そこを気にして居りました。だから自分の腕で働き、小僧さんから叩き上げ、人物を見こまれて肴町の春木屋という鳥やの娘をもらっているその男の方が、小堅くていいでしょう。細君が来ましてね、厚みのあるきもちのいい人よ。ざっくばらんに何でも話してあっさりやろうということにし、そのひとは良人のために好きなものをこしらえて食べさせたいだろうから台所はその人がして、わたし掃除ということにしました。うれしいわ。少くともこれ迄よりよほど楽になります。この夏時分はひどうございましたもの。日比谷から帰ると六時、それから台所をして夕飯八時でした。
そちらが早朝なのは辛いけれども、夜は何にもしないで臥ることを専門に考えて、在宅日の午前、そういう日の午後と活用すれば本当にようございます。ともかく主軸となって台所やってくれる人が出来るのはうれしいわ。マンスフィールドの日記なんかよんでも、本腰で仕事しようとすると先ず家事担当者をいろいろ苦心していて、どこも女は同じと思いました。その夫婦は大体七月頃までこちらにいて、あとはどこかへ勤めが変るのだそうです。ラジオやさんです、技術徴用で会社の電機具の方に働いているのですって。国男がその人の少年時代から知って居りまして、その方がいいでしょう。国は感情的だから、そういう人のことなら忍耐出来ることも、わたしの方から来た人の場合辛棒しにくいでしょうし、又おのずからコマの会う面があるのでしょうから。
「ボンボンの歌」について。歳月の風雪に耐えるとあり、本当に詩の力は不思議と思うの。詩は風化作用を受けないものと見えるのね、それが本ものでさえあれば。うたの力が人間をして風雪に耐えしめる、とさえ思われるでしょう? ところが、そのような古びない魅力を創ったのは、外ならぬ人間なのだと思うと、その人間の大切さ。いかばかりでしょう。お約束の指頭花も御披露いたしましょうね、幾度自分でお読みになったものにしろ、愛誦歌であればあるほど、読ませて聴く趣も深いでしょう。読まれる一つの節は、こころのうちにあるもう一つの節を、次から次へと呼びさまして、ね。
東海道線は、公用軍用鉄道のようで、なかなか普通で切符は買えません。何とか考えましょう。あちらへ行ったらちょいとでは帰れないかもしれないわ。だって、あっちなら、夜も、すっかり寝間着に換
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