よ。わたしは一息に五時頃まで眠りました。子供たちや友ちゃんのような体の人のためには何よりです。友ちゃんと云えば今度おっしゃっていた本をもって来るのを忘れました、余り急だったので。御免なさい。林町へもよらなかったので。鷺の宮でお握りをこしらえやいてもらって来ました。林町の三組の人々の顔をズラリと並べて考えると、迚も米だけもってあの中に入って行く気になれませんでした。ジャガイモでも持って行かなくては。用もあって鷺の宮やてっちゃんのところ、埼玉で厄介になりました。では又二三日うちに。下で水の音がするわ、風呂らしいから行って見ます。ではね。
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[自注26]九月十五日――十月九日の昼頃、顕治は『デタラスグカエレ、シユクシヤノヨウイアリ』という電報を東京からうけとった。発信人は東京の予防拘禁所にいた同志の一人と、弁護士の連名であった。返電を打つ手続をすると間もなく署長室によびだされた。署長は『君について命令がきた。健康の点もあるし執行停止することになった。』とつげた。そして顕治はその日の午後四時、十二年ぶりで手錠なしではじめて監獄の外に立った。顕治は無期囚として網走へゆくとき、同行の看守が不思議がるほど冬の衣類一切と本をつめた重いトランクを背負って行った。手錠をはめられている背中に。それらの着物が役に立った。顕治の天気予報は当った。
九月初旬、山口県光市の顕治の生家へ行った百合子は、十月十日までに治安維持法の政治犯人が解放されるという新聞記事をよみ、その中に宮本顕治の名があることを見出した。十月八日に百合子は島田を立って山陽東海道線の故障のため、五日かかって東京へ着いた。当時の混乱状態で顕治からの電報も葉書も着いていなかった。顕治が十月十四日に東京の家(百合子が暮していた義弟の家)へ帰ってきてから、あと四五日経って、網走から百合子宛に打った電報と函館の宿で書いた葉書とが届いた。その葉書には『海よ早く静まれ』という一句もあった。
[自注27]戸坂さん――戸坂潤。
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底本:「宮本百合子全集 第二十二巻」新日本出版社
1981(昭和56)年1月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
初出:
「〜日〈〜日〉」と記載している箇所は、前が初出での日付、山括弧付きの後が底本での日付。初出では手紙を書き始めた日付だったが、底本では書き終えた日付、もしくは封筒の裏に書かれている日付に改められた。
「言論」1946(昭和21)年5月号(「獄中通信」と題して)
収録書簡;1945(昭和20)年6月17日、7月30日
「女性改造」1946(昭和21)年6月創刊号(「鉄窓をへだてて」と題して)
収録書簡;1943(昭和18)年8月29日、1944(昭和19)年1月2日
「世界評論」1949(昭和24)年11月号(「十二年の手紙」と題して)
収録書簡;1934(昭和9)年12月24日、1935(昭和10)年3月20日〈25日〉
「世界評論」1949(昭和24)年12月号
収録書簡;1936(昭和11)年6月26日、7月31日、8月9日
「世界評論」1950(昭和25)年新年号
収録書簡;1937(昭和12)年6月30日、7月26日、8月8日、10月11日
「世界評論」1950(昭和25)年2月号
収録書簡;1938(昭和13)年1月8日、6月12日、6月15日〈19日〉、8月6日
「世界評論」1950(昭和25)年3月号
収録書簡;1938(昭和13)年9月11日、1939(昭和14)年7月6日、7月8日〈9日〉、7月17日、7月30日
「世界評論」1950(昭和25)年4・5月合併号
収録書簡;1940(昭和15)年9月6日、1941(昭和16)年3月17日、1942(昭和17)年10月13日、1945(昭和20)年5月10日
「十二年の手紙」(宮本顕治・百合子の獄中往復書簡集)、筑摩書房
「十二年の手紙」(その一)1950(昭和25)年6月15日刊行
収録書簡;
1934(昭和9)年(2通)――12月7日〈8日〉、12月24日
1935(昭和10)年(3通)――3月20日〈25日〉、5月9日2通
1936(昭和11)年(7通)――5月25日、6月26日、7月31日、8月9日、9月11日、10月12日2通のうち1通(どちらか不明)、11月22日
1937(昭和12)年(16通)――1月8日、1月28日、2月17日、3月26日3通のうち前の2通、4月5日2通のうち後の1通、4月10日、4月11日2通のうち1通(どちらか不明)、4月13日、4月14日、6月30日、7月26日2通のうち1通(どちらか不明)、8月8日、10月11日、11月1日、12月25日
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