のは。実に解せません。しかし、東京で現に五分前まで一緒の家の壕にいた我娘が遂に行方不明となった人があったりします。いろいろの場合を思いやり、生きるために努力したことを考えると涙が出ます。友ちゃんと子供らの顔にはげまされて、力をふるって自分を救おうとしたのでしょうのに。可哀想に。可哀想に。
島田までゆけば一週間や十日で戻ることは不可能です。少くとも、暮しの見通しがつき、気持の落付きがいくらかできる迄はいてあげなくてはなるまいと思います。経済上の問題も深刻でしょうと思います。トラックを処分したりして目前にはいくらかのゆとりをおもちでしょうが、タバコと米配給の手伝い丈ではなかなかやれますまい。合同の方の仕事の権利を応召のときどういう契約にしていったか、それによっては代理として人を雇い、そのものにうちから月給を払って働いてもらうということも、これから先、人の余るときには可能でしょう、反面に不可能の条件もましますが。
こういう事情になって、そちらへは本当にいつ行けるのでしょう。しかし、今島田へゆくことに論議の余地はないと思い、そのようにいたします。私の判断で最善をつくしますから御心痛ないように。次々と様子をお知らせいたします。
九月十五日 [自注26]〔網走刑務所の顕治宛 山口県光市上島田より(封書 書留)〕
九月十四日
さて、この手紙は島田で書いて居ります。あの二階で。
五日に、切符が買えたとき埼玉県へ打った電報が六日にわたしの行ったときまだ着いて居ませんでした。七日に、てっちゃんとうち合わせの電報もつきませんでした。こちらへは、手紙を頂き、来る決心をしたときすぐ(四日)電報うちましたが、そのウナは、十三日(きのう)わたしが来ても着いて居りませんでした。妙ね。手紙の方はどうやらこの頃よく着きますが。従って、おかあさん達にとって、きのうの午ごろ、わたしは突然現われたわけでした。
大分苦心して郡山から島田迄の切符を買いました。それが五日。六日に出発して、その日の午後埼玉県の久喜に途中下車。荷物のことや何かいろいろ世話になった友人のところへよりました。七日はそこにいて、八日てっちゃんのところへ行く予定のところ、八日マッカーサアの東京進駐で、いくらか普段と違うというので用心して九日てっちゃんのところへ行きました。どこでもいろいろ新しい用事が出来ていて、いろいろ話し、十日に鷺の宮へ行きました。文報のことやその他あるので。十一日早朝八重洲口の列に立って急行券を買い、十二日朝五時に家を出六時半から立って、八時半の急行に乗りました。この時間にゆくと坐れました。そして、島田へ着いたのは、十三日の殆ど午頃。十二日に四時に起きたときから算えると、三十二時間かかっているわけです。汽車丈二十六時間ね。横浜辺からもう立つ人が出来はじめ名古屋で通路がふさがり大阪以西は謂わば二等も三等もないという有様でした。久喜で降りるときには窓から降りました。岩国では昇降口から出ましたが。半島へかえる人々解除の人々、それがみんな体のもてる限りの荷物をもつのだからえらいことです。托送が無事に着くためしなしというような不信用が漲っているし、解除の人々は大体自分の荷物の内容について神経過敏ですから。
三時三十五分位に広島へ着く筈のところ七時半頃に着。いつものようにのりかえようと思って一旦降りましたが、駅は全く旧態なく地下道丈もとのままです。島田へ行くのは何時に出ますかときいたら、片腕のない少年駅手が、四時二十分! と申します。四時二十分って――午後? と訊いたら四時二十分て云ったら午前だぐらい分ってるだろう! こういうあいさつです。次は何時です? 分らん。さては、と思って又大急ぎでかけ戻り、幸停車していたもとの車にのって岩国まで来ました。ここで三十分ほどで海岸まわりの本線にのって無事つきました。
東海道と山陽本線は、東北本線と何たる異いでしょう。いままでよりもずっと時間がかかりここまで来たのに、まるで東京からぬけきらないままのような気がします。焼跡つづきだから。急行ですからすこし大きいところにしか止らず、止ったところは皆実にひどくやられて居ります。東京も実にひどいが面積がひろく、その中にいるから、汽車で森や畑を抜け出たと思う都会毎に原形をとどめずという風になっているのを見るのとは、おのずからちがった感じです。
広島はひどいわ。己斐は勿論のこと、五日市でしたか、あの辺までやけて居ります。爆風か爆弾かにやられたところもどっさりです、近郊で。岩国もひどいわ。光井に行ったら又おどろくのでしょう。島田では、そういう被害は一つもありませんが、駅は雑沓して、且つ気分が亢ぶって居ります。
達治さんのことは、本当に何と云ってよいか分らず、まだ不明のままですが、一ヵ月経った今は、
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