は一種の人物でしょうと思いますが、年代がずっている故か、環境がずっている故か(慶大関係)すっかり歴史の中にしかきこえない名のようです。三浦周行の『法制史研究』は面白そうなのに下だけしか買えませんでした。風邪をおひきにならないようにね。
〔欄外に〕○郡山の市は本やがありません。

 九月四日 〔網走刑務所の顕治宛 福島県郡山市開成山より(封書 書留)〕

 九月四日(一九四五年)
 只今お母さんから速達が来ました。達治さんの安否について心配して居りましたところ、やはり最も悲しいことになったようです。形は行方不明ですが、生存は万※[#濁点付き小書き片仮名カ、652−15]一にも期しがたい前後の事情です。お手紙の要点を申上げます。
 七月十七日召集をうけ広島に入隊。八月二日に休暇が出て、四日に又戻り、「六日の朝八時原子爆弾にあいました。当地も日々空襲で汽車不通」十二日に友人が広島へゆき調べてくれましたが、原隊では本人当日軽傷なるも行方不明とのこと。いろいろ調べたが不明。四五日したら患者を集合させるからとのことで又十七日の調べで生死不明、行方不明ということになったままです。
 ところが十六日に周防村の新谷という一等兵が来て、負傷後宮本と三日一つトラックにいた。傷は後頭に一寸位の破片による傷二ヶ所、顔に薄い火傷。出血は六日午後に止った。帰っているかと思って来たとのことです。十三日に帰宅命令で戻った由です。お母さんがその人の宅へ行き、いろいろ細かにおききになったそうです。達ちゃんは、手当をうけられないからと三日目にトラックへ乗ってどこかへ行ったというので、病院などもお調べになったが不明。二十四日、友ちゃんが友人の西山と同道本部へ行き、いろいろ調べたが、隊では三日いたことさえ不明の由。負傷者は十里二十里先、島へまで運んで迚も調査ができない由、兵営は全滅。何万という人だそうです。原簿がやけてしまったそうです。広島全部焦土の由。その上生きている人々は解除で四散し、全く手のつけようもないようです。「原子爆弾は一寸の傷でも受けたら毒素が体内に入り、負傷後死する人が沢山あるとのことで、新谷兵[#「兵」に「ママ」の注記]も宅へ帰って大変の熱が出て、なお生死の程も気づかわれて居ます。今だに達治の死体が分らないというのは不思議です。たとえ広島は焦土と化しても三日も生きていたのなら、どこで死んでいても様子は知れぬこともあるまいとそれが残念でなりません。」十四日に光工廠大爆撃をうけ工廠は全滅、野原に火災が起ったけれども、宮本の家は屋根を痛めたすかった由です。一同無事。岩本全焼、明石絢子宅全焼。(世田ヶ谷にいた人ね)「顕治は東京より北海道の方が無事と申しますので安心致して居ります」「何も彼も懸念の事ばかりです。」
〔欄外に〕八月五日のお手紙御覧です。
 本当にトラックに三日ものっていて、(ねるところが無かったわけでしょう)それをどこへ運ばせたのでしょう。どこかへ行こうとして(治療に)途中で容子が変ったのでしょうか、たった一人でゆく筈もなし、実に奇妙です。たった一人なら被服も滅茶滅茶で名も分らずでしょうが。原子爆弾の負傷はどんな微細なものでもそこから腐蝕して生命を奪うそうです。東大のツヅキ外科へ入って死んだ人は指の先のかすり傷でそれが全身に及ぶ由、強烈なレントゲン照射にあったと同様で細胞を破壊し、白血球の激減がおこり、輸血するとそこから腐蝕し、毛髪脱落するそうです。
 今郵便局へゆき、切符買えたらすぐ行くと打電しました。同時にそちらへも御覧の通りに打ちました。そちらの切符がまだ見とおしも立たなかったのが不幸中の幸でした。明早朝買いにゆき、買えたら最も早い機会で立ちます。多分新潟まわりでしょう。
 友ちゃんのこと、子供らのこと、お母様のお心のうち万々お察しいたすにあまりあります。健気にぐちも書いていらっしゃいませんが、どんなお気もちでしょう。申しあげようもありません。此の上は、隆治さんの無事に還る日が一日千秋です。(在外邦人はみんな帰すそうです。八十万内地に戻るそうです。)
 ともかく行って出来るだけおなぐさめもし善後策を講じ、行方をさがしましょう。心のこりというのはこのことです。三日も命があったというのにね。トラックにのって行ったらその番号の車がどこでどうなっていたかさえ分らないというのは。混乱の程思いやられます。二十六日づけのお手紙です。きょうはもう四日、九日経過しています。新谷という人は多分死去してしまったでしょう。トラック番号をきくことさえ手がかりを失ったかもしれません。隊の解散がひきつづきましたから責任不明となり、本当にわるいめぐり合わせでした。わたし達も其だけの負傷をして、相手が原子である以上、覚悟して処置しなければなりますまい。其にしても行方不明という
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